こおろぎの検診

 ケンケン危篤の大騒ぎはまだ私の中で克服しきれてないのに、当のケンケンはあの騒ぎがウソのように平常にもどり、夕べも午前2時、4時、5時と私を起してくれた。家族のほかのだれも目がさめない程度の声なのだが、私には聞えてしまう。子育てで手を抜いたバチに違いない。ミキ、マキ二人とも夜中に泣く赤ん坊ではなかったが、それでもたまに泣いた時、私は絶対に仕事の手を休めなかったし、眠い時は起きなかった。今こうして瞬時に飛び起きるなんて全く私らしくない母性を発揮していることになる。意外だわ…。


 16日、義父の手術が行なわれた。朝8時に病院に行った。手術直前の義父は静かに横になっていた。江戸っ子らしくまな板の鯉だと笑った。手術室に入るまでそばにいたかったが私には私の予定があった。変えてもよい予定だったが、あえて変更しなかった。別の病院で乳がんの検診を以前から予約していた。
しばらく健康診断をうけていなかったが、義父の病気で反省。市のすこやか検診を受け、乳がんと子宮ガン検診は別の専門医で、ということにした。若い日、2度、乳がんの検査でひっかかったことがあるので初めてマンモグラフィに挑戦。義父と握手して自分の検診に出掛けた。

 
 オッパイを挟んでつぶして写真を撮るというおそろしい検査。猛烈に痛いと聞いていたが、それよりなによりデッカイオッパイならば挟みようもあろうけれど、さて私の場合はどうする気だろうという興味の方が大きかった。検査技師さんは若いお嬢ちゃんだった。挟まる?と聞いたら充分です、とのこと。いやあおもしろかったわ。人間の限界に挑戦した気分。痛いと言ったって2〜3秒程度。とりわけ痛みに強い私は平気だった。あちこち調べて異常なし。ホッとした。あとは来週の子宮ガン検診。


 その後、義父の病院にもどった。2時間半くらいの手術の予定だった。ところが終らない。待っても待っても出てこない。9時半に手術室に入ったというのに13時半、カブトムシが函館から来たのにまだ終らない。何かあった? 15時過ぎるとさすがに不安。看護師さんが連絡に来た。手術は成功したけれど予想外のトラブルで出血が止まらないとのこと。時間を要しているのはそのせいだった。結局16時半、義父は部屋にもどった。その直前、私とカブトムシは手術室で切除した部位を見せられた。ブラックジャックの手によって患部は完全に切除されていた。ブラックジャックだと本当に私は思った。事前にどんなに検査しても不安な部分があったため、開腹しなければわからないと言われていた。だが、こおろぎパワーか、ふたたびの奇跡。義父の複数の患部はまさに奇跡的に切除できていた。この目で確かめた。義父を悩ませていた細胞群の形状を私は忘れないと思う。カブトムシは「標本になさるのですか」と医師に聞いた。私も組織を見たいと思った。変わった夫婦だったかも。学生さんたちのよい標本になってくれたらいい。不安な箇所は無事だった。幾つも悪い場合を想定していた私たちに笑顔がもどった瞬間だった。あとは義父の体力次第。来月80歳になる身体だが、おいしいものをどっさり食べてきた粋で頑丈な身体である。きっと大丈夫。


 それにしても凄腕の外科医だった。話し方も私たちへの対応も完璧。中途半端な動物学者夫婦を相手に説明するのはいやなものだったと思うが、慇懃無礼なところは微塵もなく、高飛車なところなどさらさらなく、丁寧で優しかった。
医療を拒否した父と、医療に見放された義母の切ない最期を教訓に、私は私なりに納得して義父の手術と闘病を支えたかった。それには信頼できる医師との出会いが不可欠だった。義父のホームドクターから今回手術をしてくださった外科医へのバトンタッチと密な連絡、私たち夫婦の理解等、石橋を叩いてなお渡らないような慎重さで今回は歩いた。もし取り残さねばならない部位があったら、今ごろこうして日記を書くことはできなかっただろう。奇跡が起こり、よい風が吹いてくれたことに感謝したい。もっともまだまだ予断は許されず、義父は呼吸器をつけて眠っている。今後が勝負。「お父様!悪いところは全部とっていただきましたよ!大成功ですって!」と大声で叫んだら、麻酔から覚めたかどうかわからない状態なのに右手を大きく上げた。やっぱりカッコイイ。早く元気になってもらって、大好きな「なだ万」で一杯やらなければ。


 こおろぎは命根性きたなく生きていきます。健康診断ではやせ過ぎと言われました。50キロ近くあってもいいといわれたけど無理無理。妊娠中50キロを超えた時、重くて苦しくてころがって歩きたい気分だった。私の足で50キロを支えるのは無理。今ごろ気付くのもなんだけど、私はチビなのだ。したがってこの程度でも重い。それなのにコレステロールが高いんだって。チョコレートとバターの食べ過ぎかも。貧脈傾向と不整脈あり。毛の生えた心臓なのにね…。ま、身体がちょいと弱い方がカッコいいか。


 こおろぎ組に告ぐ。嫌われながらも長生きしたい人は健康診断うけましょう。こおろぎといっしょにダラダラ楽しく生きていきましょう!早期発見でどんな病気からも復活しましょう!ケンケンのようにちょっとまわりに迷惑かけながら、いさぎよくなく根性すえてダラダラ長く生きましょう!短くも美しく燃え、ではなく、嫌われても長く生きる、これこそ志し半ばで逝った人たちへの礼儀なのだとこおろぎは思っているのです…が、違うかしら…