「らしさ」忘れず

札幌駅が素敵です。

前前回かそのあたりで
のっけた写真もそうなのですが

びょーんと伸びた塔があります。
その根元に、
それはそれは素敵な
可憐な選ばれたハーブや葉の美しい植物たちが
咲いています。


実に美しい。
彩度も明度も低そうな花たちですが
なんとも品がいい。


とはいえ

うーっ
こおろぎはずーっとず^−っと
テーブルいっぱいに広げた資料と
パソコン2台、答案用紙の山に囲まれて
いったい何日目でしょうか・・・


がんばれこおろぎ、
出口はちかいぞ・・・


ブログを書こうにも
写真の整理がままならず
パソコン2台を駆使しても
思うようにはかどらず・・・


でもついに

お宝写真の登場です。



さて

このハイヒールは何でしょう!?

この夏、
エコール・ド・フルールの素敵な講師のお一人
コシヤマミユキ先生から届いたサプライズでした。

イメージコンサルタントとして
相変わらず美しくご活躍の先生、
「これ」を見つけたとたん、
こおろぎセンセーに贈らなきゃ!と思ってくださったとのこと。


そうですわ、
やっぱり
「らしさ」が大切。


髪振り乱すことなかれ
キタナイオバサンになるなかれ・・

これは亡父も
恩師日高先生も
繰り返し若い日のこおろぎに言ってたことです。

キタナイオバサンには
すでになり始めていますが


多忙を理由に
髪振り乱すことは避けなければなりませんでした。


さて
このハイヒール、なんでしょう?
文字が読めちゃいますね?
では、景品にエーゲ海クルーズを予定していましたが
今回は景品なしということで。


それにしても素敵なサプライズでした。




そしてこの絵葉書も
こおろぎ、やっぱりお気に入り。
古いアルバムに見つけてうっとり。


今日はなぜか朝からニーチェを語る番組をみてしまい、
島田紳助さんの引退騒ぎとのあまりの内容のギャップに
混乱しながらの朝ごはんとなりました。


エンタメ情報も守備範囲のこおろぎとして
かの人の引退騒動にひとこと書いておきます。




なにがどうであれ、
引退は個人のことなのでどうでもいい。



問題は大人の仕事として
突然一人がやめるというのは
クビなるならともかくとして
周囲に与える影響の大きさをとにかく第一に考えるべき。
1つのプロジェクトを進めるには
どれほどの人数が動くか、
分かっていたはず。


百歩譲って、それを考えた末の引退であり、
それを認めた会社だとすれば


それ相当の
表に出せない事情があったのだと思うしかありません。



どんな仕事も
途中で辞めるということは
何に対しても打撃。

百も承知で辞めるのなら
まずは周囲の数えきれないほどのスタッフ全員への謝罪が第一。


自分の美学?


そんなのはどうでもいい。


明日からは一般人?

え?

かかわっていた仕事の責任はどうなるのでしょうか。


こおろぎは
背景になにがあるかということにはほとんど興味がありません。



彼が司会をしていた、鑑定系の番組における「彼」には
一定の評価をしていました。
ほかはあえてコメントしません。
逸材だとも思う。
でも


「美学」をひっさげて
今日で引退、明日から一般人とは

ありえない台詞。



周囲への気づかいも謝罪もなく
まるで独演会のような記者会見を見せられ、

彼を軸にしてきたある種の番組作りの歴史的終焉を感じたのでした。



300人もの記者があつまって
なぜだれも、
周囲への謝罪のなさ、影響の甚大さを指摘しないのか
なぜ今月一杯でも来月いっぱいでもなく
「今日」なのか
なぜだれも聞かないのか
不思議でならない記者会見でした。



50歳にもなった大人の
不思議な独演会を見た、そんな気分でした。


そして
貴重な時間、貴重な1日が
この大騒ぎで覆われたことに
すくなからず危険を感じてもいます。


日本の国が
こんなに重大な時期を迎えているのに
政治がグラグラとうごき、
日本の国土も動き、
経済が刻々と動いている、そのことの眼を
そらすことが目的であったかにさえ思えて


不安でなりません。



せめて慎重に
冷静に

大人は何をしなければならないかを
しっかりと考えて歩いていきたいと思います。

そうです

大人はなにをしなければならないか・・・



そうでした、こおろぎは
まずは
目の前のこの仕事の山。
尋常ではない仕事の山。

そして
足の踏み場もない我が家の掃除、
明日は生ゴミの日・・
あれもこれもどれもそれも・・



あっさり引退できる人など
普通はいないのです。

熟慮したとしても
責任ある仕事をしていれば
引退など、よほどのことがないかぎり
できないものです。

したがって


彼の引退は「ささいなこと」での引退ではないと
思うのです。
「甚大な」「重大な」事情を背景に
引退せざるを得なかったのだと思わなければ
もし、私が仕事仲間ならば、到底納得ができないからです。
残念だとか、悲しいとか、そんな感傷ではなく
迷惑千万、困惑のみだと思うのです・・・・


不可思議なことが起こってしまいましたが

国の一大事、
この年の
この時期の代表選び、
それさえ、なんだか闇の中。


長い平和の末、
何も学ばなかったのかと
寂しくなるばかりです。


こおろぎは
こおろぎの仕事を
こおろぎらしく続けていこうと思う24日の夜であります。

ニーチェのいた時代はよかったと

つくづく思う夜でもあります。


ニーチェの嘆きは暴力団をもってしても解決できなかったことが
せめてもの救いです。


混乱の末、今日の結論は
「たまにはニーチェ」・・・・