気合

madam-cricket2009-04-08



おはようございます。
こおろぎ組のみなさま
おはようございます。

本日より
朝型生活にもどしました。



りきまるの散歩もルンルンランランとはずんで
済ませました。


写真のボトルは週末の東京講座のときのデザートに使われてたリキュール。
相当個性的な香りでしたが
プロっぽい香り。
秘伝のハーブのブレンドとのこと。
こんな大きなボトル買ったら孫子の代まで679年くらい使えちゃいそうなので
小さいボトル探したいです。
本日のご推薦でございます。



大きい写真はこおろぎのロッカー。
誰が持つの?こんなど派手なバッグ。
蜘蛛の巣のビーズ刺繍なんて
誰が買った?
誰でもないこおろぎです。熟慮の上数年前買ったのでした。
ホント、何考えてたんでしょうか。


しかしです。
しかしながらです。
この「非実用性」こそ
気合というものです。


「実用」と「楽」
これは実は魔物。
人間の芸術性と緊張感をゆるがせてしまう危険物なのです
・・・・と思うのです。


大きいバッグは便利です。
しかし
大きいバッグは視覚的に邪魔。
要するに「おしゃれ」の裏側にある。
お財布も入らないバッグはなんの役にもたたないですが
存在にイミがある。
つまり
その人間の存在を立体的にするツールとしての役割を果たすわけで
お財布を入れる道具である必要はないのです。

お財布やら化粧ポーチやら
そういうものは別の「入れ物」に入れる、この努力と無駄が
人間の脳を鍛え、精神を支えるのです・・・


洋服だってそうです。
ジャージがなぜ「ダメ」か。
エストゴムのスカートがなぜ天敵か。
「楽」だからです。
誰にも会わないならいいですよ、どうでもいいですよ。
しかし、
人間は集団で生きるイキモノですから。
その場面ではネクタイというヒモで首を絞め、
重いジャケットを着てボタンを締める。
重い重い帯で腰を縛る。
重い重い重い首輪を何連もつけるのは
相手がいるからです。
おしゃれとかみだしなみというのは
「楽」の真反対にあることなのです。


したがって
こんな安物笑われるよ、とか
こんな役にたたないバッグ、使わないよとか
イイトシしてこんな派手なもの、持たないでよ!とか
世間はこおろぎに厳しいです。

しかし、

誰がなんと言おうと
この「無能」な役立たずのチビど派手バッグは断固
処分しないことにいたしました。


以上、
今朝のこおろぎの一大決意であります。

札幌、快晴。
桜はまだ。