お入学


コロ介が高校生になった。


生後1年3ヶ月でワシントン州の小さな町の保育園にあずけられたコロ介は
イタリア人の保母さんの手を振りほどいて泣き叫んで坂道を走り降りた。


保育園のま向えのモーテルに2ヶ月ほど滞在したときだった。
したい勉強があってヨチヨチ歩きのコロ介をあずけた。
7歳だったキキはアルファベットも知らないのに元気よく小学校に通った。


保育園の坂道をぬいぐるみを引きずって走ってきたコロ介の姿は
脳裏から消えない。
悲鳴のような泣き声も耳の奥にいまでもしっかり残っている。


カナダでは喘息の発作で苦しんだ。
何も食べず困り果てた日もあった。
小学校時代にひどい低血圧で頭痛の持病。
だが
バレエに夢中になり、いつのまにか大嫌いだったピアノも大好きになり
歌って踊って、人間が大好きな元気な15歳になった。


生徒会も加わって中学生としては相当忙しい日々だったと思う。
そんな中、よく勉強もした。
十分立派な中学生だった。


そのコロ介が不本意ながら近所の第一志望校に失敗したのは
本当に気の毒だったが
彼女はその高校に劣らぬ素敵な高校に入学した。


入学説明会での教頭先生のお話に感動したことはすでにブログに書いたけれど
今日は校長先生のお話にまた感動した。


今春系列校から赴任されたというとてもお若い校長先生は
前任校の卒業式に卒業生が残した言葉を話された。

「知ることの大切さと知らないことの残酷さ」である。


そのとおりなのよ・・・。
知ることが大切だということは誰でもわかる。
だから学ぶことは大切だとみんないう。


だけど、「知らない」ことが「残酷」だという表現には出会ったことがなかった。
「知らない」ということは罪でさえあることがある。



校長先生のお話は深かった。
政治色も宗教色も全くなく、キング牧師オバマ候補をきちんと語られた。
校長先生が語る内容は
いつのまにか新入生と保護者全員の心に大きく響いたように思う。
世界中にいる食べもののない子供たち、小学校にもいけない子供たちのことを語り、
世界に目を向けた大人になってほしいと
静かに強調された。



「選ばれた君たちはプライドを持って夢に向って歩け」というのでは
断じてなく、
自分のプライドなどより
世界に目を向けよという強いメッセージが伝わった。
お話が終わったとき、
保護者席から大きな拍手が起こった。
もちろんこおろぎも拍手。
立ち上がりそうにさえなった。



入学式の校長先生のお話で父母席からこんな拍手が沸き起こることって
あるだろうか。
コロ介はいい学校に入った。
大学の総長のお話もやはり世界を広く歩めというものだった。



新入生代表の宣誓もまた
薬害エイズを見据え、環境問題にも触れた
意識の高いものだった。附属中学から内部進学の生徒さんだろうか
一貫した広い視野が新鮮だった。


コロちゃん、よかったね。
いい学校がちゃんと待ってました。
制服がよく似合います。
去年、この学校の説明会で
予期せぬ感動を得た母でした。
あの時はまさか本当にコロ介が進学するとは思わなかったけれど
コロちゃん、母の勘は正しかったです。
この学校はコロ介の未来をきっと開いてくれます。
小さなプライドは崩れたと思うけれど
それはきっと崩れたほうがよかったプライドだったと思います。
母の大きな仕事はひとまず終わりました。
アメリカの田舎町で泣き叫んでいたコロ介は
もう立派な高校生です。



入学式にはカブトムシのパパとこおろぎのママという
貫禄あるゴッドファザーとゴッドマザーが同行。
式のあと近隣の某ホテルで食事。
和食を楽しんだあと、コーヒーといっしょに
銀のすばらしいケーキスタンドにのったケーキが運ばれてきた。
写真のケーキである。


昨日予約するとき、時間を聞かれ
「そうですね、入学式が12時過ぎにおわるはずなので・・・」と
こおろぎは多分独り言をいった。
だけどそれは絶対に独り言だった。
お祝いの食事会だなどとは言わなかった。
それなのに・・・・。



和服の仲居さんが笑顔でおめでとうございます!と口を揃えてくださった。


まさかのハプニングだった。
誕生日にレストランや料亭、居酒屋さんで
ケーキがサービスされることは珍しくない。
何度か経験もある。
だが今回は違う。
常連客ではなく初めて行ったホテルの店である。
しかも入学祝の食事会だと伝えた覚えが私にはなかった。


義父は目を丸くして頬を紅潮させ、
こおろぎのママは感動して泣いた。
ちょっとした躓きがあったこともあり
こおろぎのママは大声でバンザイがいえなかった孫娘をきっと
不憫に思っていたに違いない。
運んでくださった仲居さんに何度もありがとうございますと
頭を下げた。
ケーキが苦手のコロ介が
ケーキを前にこんなに笑顔になって
大喜びしたこともかつてなかった。


今日からスタートなので一本たてました、というキャンドルも
嬉しかった。


ささいな会話の中からヒントを得て
初めてのお客である家族に
すてきなホールケーキを用意する、その気配りが感動だった。
さすが外資系のホテルである。
こおろぎはこのホテルをきっとこれから何度も使うことになるだろう。
義父は今度は中華とイタリア料理に来ようとすぐに言った。
母もまた、お友達と来ようと言った。
これがホスピタリティ、サービスの原点である。



持ち帰り、夜、キキとみんなで切り分けて美味しくいただいた。
普段食べないコロ介もおいしそうに食べた。


コロ介はすっかり新しい方向を向いた。
子離れの思いもあってちょっとだけ
優しい気持ちになって
「コロちゃん、無理しないでコロちゃんらしく・・・歩きなさい・・」と
言い終わらないうちに


「あのさーっ、やっぱりチアリーディング部にしよっかなー
それともラグビー部かアメフトのマネージャーかなー」って


アンタ、立ち直り早すぎ!
キキはキキで
このところずっと一人暮らしのアパートに帰らず
わが家にいる。
妹を案じて忙しいのに帰ってきてくれてるのだと
感動していたら
どうやらガスも水道もとめられそうな状態らしい。
わが家なら洗濯もお風呂も、まさに湯水のように・・。
電気料の督促状を発見してがっくり来た。


不細工シスターズ、二人とも
実にたくましい。
母の役割はやっぱりひとまず終わったのかもしれない。


さ、安いチリワインでも飲みながら明日の授業の予習でもしよう。