こおろぎ打撲


緑色をテーマに展開した5月の教室の最後は、大好きな緑色の食器を使った。
あらためて思った。食卓に装飾花は不要だわ・・・


函館からのJR、古い北斗。猛烈に揺れた。携帯電話のためにデッキに出た私、見れば電話ボックス。この中は多少静か。ドアを開けたとたん、予想をはるかに超えた大揺れ。入り口の段差に躓いて前に倒れ、ボックス内の壁にすえつけてある緑色の四角い電話機に頭部を強打。


首がとれたかと思った。痛いとか痛くないとか、なにか大事故が起こったかと思った。明日はテレビ。おでこが真っ青で腫れたらどうしよう・・・・と大慌てでマッサージ。短大からは交通費としてJRのチケットをいただいているけど自由席。ふだんは自由席だけどその日は日帰りで疲れていたので差額を払ってグリーン車にした。グリーン車だからすぐにアテンダントさんのところに行って事情を話し、お絞りとかおでこを冷やすヒエピタなどをいただいてせっせと冷やす。慌てた車掌さんとアテンダントさんが座席までとんできた。


「お名前を・・」
「情況を・・・」

「痛たたたたたたたたたたたたっ」と私。

「大丈夫ですか?!今連絡したので次の駅で救急車の手配はできますから!」
「えっ?」

確かに痛い。青くなっても赤くなっても腫れても困る。鞭打ちも困る。だけど救急車はいらない。あわてて断ったが、札幌駅では助役が待っているから事情を再度説明して欲しいとのこと。若いアテンダントさんも立派だった。


「お客様、おでこに赤い深い傷が!」アテンダントが震えてる。
「お客サマッ!ない出血でしょうか、赤い傷が!」と慌てる車掌。

「あ、それは大昔ゴルフクラブでたたかれたんです。刺激があると赤く浮き出るんです」
「?????」
ゴルフクラブで?ですか?浮き上がるんですか?」

情況は想像しずらいかもしれないけど、こおろぎ19歳の春の大事件。当時旭川では結構な話題だった。こおろぎのパパの職場はお嬢様のご葬儀のご準備まで始めそうな大事故だった。病院を数件たらいまわしになった挙句、当時の美容整形の技術を駆使して縫ったけど額の傷は治っていない。それが何かあると大きく赤く浮き出てしまう。今回は同じところを打ったに違いない。

「ですから、大酒飲んだり、ちょっとなにかあると浮き上がるんです。?不思議?桃太郎侍とか眠りキョーシローとか、そうねえ、遠山の金さんの桜吹雪とか・・」と言ってきがついた。たとえが悪かったかも。



それでも額全体が赤い。アテンダントも車掌さんもそばを離れない。
あら、見るとこおろぎの時計がない。
探したら皮が切れて発見。衝撃の強さが思い出される。
「お客様、高級な時計が!」
と善良なアテンダントは拾って泣きそうな顔。
「あら、でもきっと直るわ」
「でもとっても素晴らしい時計ですのに・・壊れてたらどうしましょう」
「大丈夫、子供とおそろいのおもちゃだから」
と本当のことを言ったけど、彼女はちぎれたベルトを持って泣きそうな顔をしている。
「車内の事故ですから・・・」
「これ、3980円なの。直るから大丈夫」
「え、素敵。どこでお買いになったんですか?」
「あのねえ、ステラプレイスの地下の・・・」って
そこは話題が違う。反省。


その瞬間こおろぎは左手にしていた指輪がないことに気がついた。
時計などどうでもいい。この日の指輪は一大事。カブトムシの後輩が某百貨店の外商にいて泣きつかれて思わず買ってしまった指輪。貴金属に全く関心のないこおろぎが珍しく選んだカボションカットのサファイア。メレダイヤなんか巻き込んでちょいと大げさなモダンなオリジナルデザインモノ。普段は使わないのに前夜ちょっとヒカリモノが必要だったので出したのをうっかりそのまましてきてしまった。
これは一大事。軽自動車ならイイモノが買える。

「ない、ないないない!左手の軽自動車がない!」
「ええっ!?」
「じゃない、指輪がない!」

生まれつき気の弱い彼女、今度こそ泣く寸前。
「と、と、時計が壊れるほどの衝撃でしたから、緩めの指輪なら飛びます!」と大慌てで電話ボックスに探しに行こうとする。

「右手になさっているのと同じ感じの指輪ですね!」とこおろぎの右手を見る。

「え?  あら?」
「それとお対になるようなリングなんですね!?」
「あ、こ、これです・・・・」

実に全く申し訳ない。頭を打ったからです。スミマセン。
こおろぎは長万部を過ぎたころ、左手から右手に指輪を付け替えたのでした。

申し訳ない。


大騒ぎしているうちに札幌に着いた。
降りると札幌駅の助役さんが待っていて私の額を見るなり
これはひどい、これじゃあ人前に出られませんね・・・申し訳ありません」
するとアテンダントさんが
「これはゴルフクラブでぶたれたそうです!」と自信満々。
「えっ!ゴルフクラブで?車内でですかっ?!」

話題はどんどん大きくなる気配。

「時計も指輪も・・」と際限なく説明は難しくなる。

それにしても。19歳からずっとひっさげてるこの額の傷を見て、「これはひどい」ってのもないんじゃないの・・・。


その後、ころおぎはまるで万引き犯のように、助役さんに荷物を持たれて
取調べし室のようなお部屋に連れていかれ、情況を聞かれた。
「何時ころですか?」
「19時35分です」
「詳しいですね」
「火曜サスペンスみたいでしょ」と自慢気なこおろぎ。
「だいたいの時間でけっこうです。」
「間違いなく19時35分です!伊達紋別を通過するちょっと前です」
「正確ですね?」
「実は夫が札幌から函館に向かい、私が函館から札幌に向かってちょうど伊達紋別ですれ違うのが19:52分。その前に仕事の電話をかけようと立ち上がったときの事故です。電話は履歴があります。伊達紋別のホームで北斗とスーパー北斗グリーン車同士並んだので夫は私がヒエピタおでこに貼ってるのを目撃しています!」

ああ、サスペンスを見続けて20年、あきれる助役を前にこおろぎの立派な説明。

事故証明を書いていただいて帰宅。
そして翌日、テレビの前に外科で首と頭のCT。
こおろぎは無事でした。首の骨の一部がヘルニア。これは体操部の17歳からずっと。頭は年相応の頭蓋骨だってさ。


おもわぬ転倒だった。座席の窓辺にビールの缶。はいてる靴は9センチのハイヒール。善良な車掌さんはほろ酔い気分でころんだんじゃないの?と言いたかったかもしれない。大反省のこおろぎです。でもいつどこでなにがあるかわからない。ご用心ご用心!