白い器のなぞ

カルチャースクールで「四季の生活美学」という、わかりずらいタイトルで教室をスタートさせたのがもう4年前。あら、5年前というのかしら・・。
1年だけ、のつもりの教室がとうとう3年続き、その後、自宅の教室に移って1年。感動的にも5年目の授業が昨日スタート。生活美学総合研究科と名づけたクラスだが、
名前に恥じない。生徒のレベルは高い。


5年目、やっぱりお勉強重視に、という私の気持ちもふくらみ、今回は白い器のブームに迫った。ランチの実習は写真のとおり。近日オープンの「こおろぎ雑貨店(仮)」のイチオシ商品である、3つ仕切り皿を生かしたテーブル。カレーライス他でした。


あっちもこっちも白い器が大ブーム。中華もイタリアンも和食さえも・・・。
かつて日本では真っ白い器など使わなかった。
いえいえ、使ってましたわ、神事に、そして絵柄つけられないランクの低い器として・・・。
宗教観の変化や、生活の歴史に及んだ議論が、生徒さんたちから噴出。
ああ、感動。こおろぎの目指す教室は、お料理教室でもお花の教室でもない。


なぜ、食事するの?なぜ花をいけるの?という、そして、おいしく食べたい、
きれいな花を楽しみたい、楽しく食べたい、豊に暮らしたい・・・という人間の特権を大切にすること、そして学び続けることなのだ。
感動のある暮らしなのだ。


見回せば、素敵なものはどっさりある。でも誰かに仕掛けられた「素敵」に振り回されて、せっかく、築いた文化や伝統がばっさり捨てられるのは我慢ならない。


魯山人の器にもみんな言及した。その評価、論評のすばらしさにもこおろぎは感動した。
その目、その意識、感動、批判、それが暮らしの原動力になる。
年を重ねることが楽しくなる。
年を重ねなければわからないことがどれほどあることか。
目の前の料理や花は一過性。それを通して考えることがいいのだ。


大学の初日。今日たぶん300人の学生に授業。明日は函館短大で150人に会う。
これから夏までの授業の内容、これもなんとかまとめて本ページにアップできるよう
管理人さんに相談してみるわ!


家がきたないのでハウスダストでくしゃみがとまらない。今日は水曜日。ケンケンの日。毎週水曜日、ケンケンをかかえて獣医さんに預けた。あんなにタクシーに乗った犬もいないかもしれない。
ケンケン、かあさんは今日も元気です。水曜日はケンケンの日。かあさんが背中を伸ばす日。せっかくケンケンがくれた時間、大切に使いますから!
行ってきまーす!