反省

madam-cricket2006-05-04

 ケンケンは復活した。ごらんのとおりである。この日記でこのケンケンの顔をごらん下さった方全員に幸あり!神様わんこなのである。たった一度、安定剤か何か飲んだだけで猛烈な吠えがなくなった。おちついた立派なかっこいいわんこになった。元気に食べ、おなかも回復。地獄の日々がうそのようだ。あきらめてはいけない。ただそれだけをケンケンはくりかえし教えてくれている。


 こおろぎも元気。日記の管理人みのりちゃんが大心配してくれている。本当にこおろぎはしんどい日々をすごしていたがもう元気。今日も頭痛と肩の痛みがひどかったけれど義父を囲んでかに本家で思いきり食べたら(もちろん義父のおごり)、いつのまにか痛みから解放。食事のあとママとカブトと長女と某ホテルの最上階のバーで水割り。やっぱりスコッチは優しい香り。ストレスから開放されたら治った!


 4日はこおろぎのパパの命日。17年前の5月4日、桜の散る日亡くなった。「今日が命日になるからね」と笑顔で私に語って本当に逝ってしまった。長女に「おかあちゃまのようになりなさい」と言い残して逝ってしまった。あの日は桜が散っていたのに、今年の札幌、桜のつぼみはかたいまま。

 果たして長女は本当に私のようになってしまい、片付けは下手だし、何にでも興味はあるし、時間の使い方が異常だし、お金には無縁風だし、色気無縁だし、でも大勢の仲間に支えられている。実に楽しそうだ。父の病室で5歳の誕生日を迎えた彼女も21歳。父を亡くして2週間で私は離婚したから私と長女には激動の5月だった。17回忌を終えたのだから、私もその日々を総括して、そろそろまっとうな生活しなきゃね。

 エコール・ド・フルールは21年目。私の再生復活は17年目。管理人みのりちゃんも目下不動産鑑定士の最終試験のために猛勉強中。お勉強こそエネルギー。こおろぎがあの5月、幼い長女をつれて倒れずにすんだのも「さ、お勉強しなきゃ!」という不思議な意欲がわいたからだ。大借金を背負ったのでもちろん「働かなきゃ!」と思ったのだけれどそれと同じくらい「お勉強しなきゃ!」と子供のように思ったのだ。それは亡父が私に与えた最後のエネルギーだったかもしれない。そのエネルギーがもしかしたら、お勉強三昧のカブトムシに出会わせてくれて、予期せぬ再婚となったのかもしれない。こおろぎが大学に戻ったのはその数年後だが正しい決断だったとおもっている。知は力だと思う。それがそろそろ力尽きてきた感じ。補わなきゃね。せっせと補給しなきゃね。生きるエネルギーは「知る」ことだと心から思っている。

 写真は本日のケンケンの笑顔・・・かどうか分からないところが悲しいけれど、頬は完治。大怪我したとは思えないでしょ。ケンケンファンは多い。どうぞご安心を。でも実はこおろぎの運命は過酷なまま。函館に残してきた草ガメのタットをカブトムシが連れてきたのだ。広島から函館に転居した日に国道で拾ったカメさんは8年目に札幌に引っ越してきた。
タッチャン(草カメのタット)が食べたとか食べないとか、新たな心配の日々が始まった。気の抜けない日々、もうこれは運命。こうなればニシキヘビでもハクビシンでもペリカンでもモグラでなんでも集まってくればいいわ。いっそ、こおろぎワンダーランド大開店である。とにかくこおろぎは名医の誉れ高い内科医と外科医の保証書を手にして元気はつらつ。
ケンケン、タット、家族そろってにぎやかにすごしている。東京は恵比寿のカフェで、広島は瀬戸内海眺めるホテルでレッスンが決定した。悲しかったあの5月よりつらい5月などない。5月はこおろぎの復活の月。進軍ラッパ吹き鳴らして元気に歩こうと思っている。ただ・・・、このあいだユーミンのリサイタルをテレビで観た。声が出ていない。全身がドデッとでっかい。彼女は同じ年。娘達いわく「痛々しいわねえ・・・」。ドキッ。妙な若作りは痛々しいということか・・・。学んだわ学んだわ私。エイジング対策は必須だけれどファッションは年相応に、暮らし方も年相応に。そして引退もまた必要なのだと。「痛々しいわねえ・・」は意味ある言葉だった。